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“もの作り” と景気

形あるものは必ず壊れる、という仏教の教えがある。 エントロピーは一方的に増加する、という熱力学の第二法則から見てもこの教えはよくわかる。それでは何故人間は一生懸命に“もの”を作るのだろう? 奈良の大仏様は見るたびにその大きさ立派さに感動するけれども、形あるものだから必ずそれは壊れるべきものである事は疑う余地の無いことだ。

バーミヤンの石仏が先日爆破されて驚いていると、今度はNYのあの事件だ。天に届くような建造物の元祖は聖書にあるバベルの塔だろうが、ものは幾ら頑張って作っても必ず壊れることを、知らない者はいない。 しかし、“もの”なしに人間は生きてゆけないのだから、やはり“もの”を作らないでは済まされない。

見方をかえると、ものは壊れるから又作らなければならない、という原理に気がつく。そうなると、もの作りに我々が頑張るのは、どんどんものが壊れるからだとも言えるのだろうか? もの作りの原則は、“丈夫で長持ち” を目指す事だと考えても、壊れることを恐れる気持ちがもの作りの駆動力らしいとわかる。

景気が今世界的に良くないらしい。 らしい、というのは政治家や経済界の大物が騒ぐほどには庶民レベルで景気に関する危機感がなさそうに見えるからだ。アメリカではテロに対する“戦争”に勝つには景気が維持されないといけない、という合言葉みたいなものが繰り返されている。その方策としてテレビなどでは、愛国心があるなら、今すぐショッピングモールに行って、何でもいいから買いなさい、と勧めている。消費の冷え込みが困る、ということなのだが、いらないものを買うことを庶民に勧め、愛国心に訴えるとは不思議なメカニズムを考えるものだ。太平洋戦争の時の標語に、欲しがりません勝つまでは、というのがあった。アメリカではそれが今は、欲しがりなさい勝つために、といわれている訳だ。

ものが丈夫で長持ちしたのでは具合悪いから、適当に壊れるものを作って使い捨てにするのが、経済的である、と経済評論家が説教をする。そんな社会構造を支えていくためには、莫大なエネルギーの消費がされるている事、そのツケは我々の世代ではとても始末しきれない環境の破壊として、われわれの子孫に回るのだと、分かっているはずの人がそんな事を言っている。

もの作りに皆が興味を持ち、世間でそれが評価されるためには、丈夫で長持ちするものを作り、それが壊れるまで利用されるという社会的メカニズムがないといけない。若者が理科ばなれしたり、もの作りが軽ろんぜられたりすることと、根拠の無い景気を煽る社会構造とは表裏一体なのだ。ひょっとすると本当に景気が心配なのは、無駄なものを買おうとしない庶民であって、“偉い”人たちはそれを実感していないのかも知れない。 省エネルギー、倹約を尊び、ものを大切に使う事は、我々が何をおいても果たすべき未来世代に対する責務であり、それは人類の存続を願うこと、つまり現代の倫理の基本であろう。 “もの”が大切にされることこそ、“もの作り”が若者に人気を得る唯一の道なのだ。

(アグネ、「金属」vol.71, 2001年12月号、1199頁)

Written by Shingu : 2002年09月14日 11:11

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