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咳をしてもひとり

咳をしてもひとり?

中学一年生といえばもう五十年以上昔のことだが、理科の授業で苦境におちいったことがある。先生が水の圧力は十メートルで一気圧になる、だから水深十メートルでは一気圧です、と話された。小生は、地上で一気圧なんだから水に十メートル潜れば二気圧ではありませんか?と質問したのだが、新米の先生には答えられなかった。

困ったのは授業のあとクラス中の同級生が皆、小生の非を追及したことだ。ガキ大将も、優等生も(小生はどちらでもなかった)身振り手まねまでして、空気と水とは別だから水面で区切られて水の圧力だけになる、先生のいわれたように水深十メートルでは一気圧である、オマエは頭がおかしい、と説得に躍起になった。まさに孤立無援である。

今年五月の原子力総合シンポジウムで、エネルギー料金(電気、ガス、ガソリンなど)が安すぎる、大幅に値上げして節約が儲かるようにし、皆が競って省エネするようにすべきだ「節約は最大の資源である」という発表をしたところ、大いに賛成、という少数の意見を頂戴したが、多くの人からは「非現実的」であると切って捨てられている。小生は、化石燃料か原子力かという論議の前に、どんなエネルギー源も節約して利用すべきであり、皆が進んで節約するには欲の利用以外にはない、というエネルギー学と自由主義経済学の基本を合わせ述べたつもりである。しかし、それでは景気がよくならない、といった本末顛倒の論拠で、世間ではこれが直視されない。苦境の再来である。

咳をしてもひとり、という尾崎放哉の俳句には大いにあこがれるけれども、エネルギー問題に関しては、今の物質的豊かさより将来世代に負の遺産を残さぬことが最優先されるべきであり、そのためには「非現実的」な意見が現実的なのだと納得する人がひとりでも増えてほしい。

エネルギーレビュー誌 300号 2006年1月 随筆


Written by Shingu : 2006年01月21日 11:34

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